適者生存 この世界で生き延びるためのルール

世界チャンプはさすがに次元が違うな・・・
生物が存続するための基本ルールは適者生存であり、弱肉強食ではありません。
強い物が生き残るのではなく、環境に適応した者が繁栄するのです。
もちろん弱肉強食も立派な原則ではありますが、それは食物連鎖のピラミッドにおける上下関係を示しているだけのことです。
草食動物は草木を食べるけれど、それで植物が絶滅するわけではありません。
肉食動物は草食動物を食べるけれど、それで草食動物が絶滅するわけではありません。
「強い者が勝って弱い者が負ける」というのなら、なぜマンモスやジャガーは滅びてしまったのでしょうか?
なぜ最強の肉食獣であるはずの虎やライオンが絶滅の危機に瀕しているのに、貧弱な鼠や昆虫は増えすぎて困っているのでしょうか?
単純な筋力なら、イエネコはとてもヤマネコには敵いません
既にネズミを捕ることさえ忘れた飼い猫の瞬発力は、野良猫にも大きく劣ります。
人間が本気を出せば、簡単に捕まえられてジエンドです。

しかし、毎日寝てばかりいるニート猫は年々数を増やし、イリオモテヤマネコは絶滅危惧種として保護されることでようやく種を繋いでいる有様。
野良猫はそこそこ繁殖していますが、平均寿命は飼い猫の半分以下しかありません。
ペットの犬猫が持つ人間に取り入る能力は、間違いなく適者生存の原理に叶っているわけです。
獣の世界ならまだ食ったり食われたりの関係が成り立ちますが、人間社会ではさらに極端になります。
経済的な競争やシェアの奪い合いはありますが、先進国であれば直接的な暴力は殆ど通用しません。
範馬勇次郎並みの腕力があれば格闘技界の頂点には立てるでしょうが、たいしたお金も権力も手に入らないでしょう。
むしろ危険視されて、社会的に抹殺されそうな気がします。

現代社会において最も強い能力は、経済力です。
スポーツや芸術も意味がないとは言いませんが、お金を動かす力には絶対に敵いません。
例えば、
・商売の才能
・FXで稼ぐスキル
・良い投資先を見つける眼力
・宝くじで当選する幸運
のいずれか一つでも備わっていれば、それだけで一生食うに困りません。
将来値上がりする商品を一つでも予想することができたのなら、先物取引で簡単に億万長者になれます。
腕力がなかろうが、知能が低かろうが、容姿が劣っていようが、何も問題ではないのです。
障害者の中には、「自分には生きる力がない」と思っている人もいますが、そんなことは絶対にありません。
現在生存している事実が、曲がりなりにも世界に適応しているという証拠ですから。
脳や内臓に欠陥があって本当に生きられない身体なら、とっくに死んでいます。
手足がなくても、目や耳が使えなくても、生存に関係ないなら「必須条件ではない」ってことです。
もしかしたら、社会的弱者として同情を受けることが、生存における重要なファクターになっているのかもしれません。
近代の人間社会は、原始の時代から見れば異常なほど弱者に対して寛容です。
生存権が確立された後の社会に生まれた若者にはわからないかもしれませんが、染色体異常や知的障害を抱えた者を厚遇するのは、よくよく考えてみると不思議な話です。
なぜ全く生産能力がなく、群れの負担になる者達を養う必要があるのでしょうか?
その理由は至極単純で、「本当に生存に適しているかは、誰にもわからないから」です。

先ほど「腕力よりも経済力が大事」と述べましたが、それは現在の一般的な傾向を示しただけで、個々の人間のそれぞれのタイミングにおける生存条件を述べたわけではありません。
というか、「誰がどういった理由で生き延びるか」なんて、誰にも予想できません。
もしかしたら、明日車に轢かれそうになって、たまたま反復横飛びが得意だったおかげで助かるかもしれない。
失業して公園に通っているオッサンも、路上でギターを弾いたら芸能事務所からスカウトが来るかもしれない。
顔はイマイチでも、隣の女性より2センチ胸が大きかったら、裕福なイケメンを落とせるかもしれない。
適性っていうのは、後にならないとわからない部分のほうが多いんですよ。
現代社会は試験を通じて人間に点数を付けようと躍起になっていますが、それは生物にとって最も重要な生存能力とはかけ離れた数値でしかありません。
いくらIQが高くても、TOEICが満点でも、それが成功を約束するわけではないので、気にするだけ無駄なのかもしれませんね。
人類も哺乳類も鳥類も爬虫類も魚類も、軟体動物も昆虫も植物も細菌も、現行生物種は全てこの地球上において強い生存適性を持っています。
しかし、それは最初から理解した上で設計されたわけではありません。
ダーウィンさんが進化論で説いたように、これでもかと長い時間に沢山のサンプルを曝して、変化する環境に適応した者だけが生き残っています。

貴方が今後子孫を通じて血筋を残していくのか、それともどこかで途切れてしまうのかはわかりません。
盤石な経済基盤を持って一族郎党が繁栄を極めたとしても、やはり何かの理由で断絶してしまうこともあります。
誰だって確実ではないけれど、誰にでも可能性があります。
強者であろうが、弱者であろうが関係なく、結果として環境に適応した者が未来を紡ぐ権利を得るのです。
社会のレールを外れてもいい。
テストや面接で落とされたっていい。
自分なりの生き方を見つけて、道を切り開いていきましょう。
どんな逆境にあっても、最後まで諦めないように。

どんな生物であっても、生き延びてきたものはみな美しい。
<合わせて読みたい記事>
⇒弱肉強食とは諦めの言葉ではない
⇒本当の勝利とは、生き延びることである
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