お金に色はないのに、なぜ色付けしてしまうのか

猫が金持ってて何が悪い!(`・ω・´)
財布の中では実体のあるお金ですが、一度口座に入ってしまえばただのデータです。
色もなければ匂いもなく、福沢諭吉先生や夏目漱石先生のご尊顔が描かれているということもありません。
労働の対価として受け取っても、FXで稼いでも、キャッシングで借りても、そこにある数字に違いはありません。
汗水垂らして稼いだお金も、新年になるだけでもらえるお年玉も、購買能力としては全く同じです。
しかしながら人間というのは区別や差別が大好きで、苦労したお金ほど大事にして、楽して儲けたお金ほど粗末に扱う傾向があります。
ただの数字でしかないお金に特定の用途や意義を設定して、資産を分割することもあります。
パチンコで稼いだあぶく銭だから、パーと使おう。
クレジットカード(借金)で買うなんてとんでもない。現金で払うべきだ。
給料の1割は毎月貯金に回そう。
これは老後の生活資金だから使ってはいけない。
子供の養育費のために口座を分けておこう。
エセ賢者は子供の頃ギザジュウが大好きで、もったいなくて沢山貯めていました。
特定の年度の物を除けばただの10円玉と価値は変わらないのですが、今も大事に取っておいてあります。
他にもオリンピックや新幹線の記念硬貨が残ってますが、こういうのを死に金って言うんでしょうね。

キャットコインが可愛いくて使えない・・・
投機や観賞を目的としたアンティークコインならともかく、価格変動のない預金を分割して管理する意味はありません。
元々少ない投資資金をさらに削って、利益を上げる機会を喪失するだけです。
「卵は一つのカゴに盛るな」というのは、「一つの銘柄で全財産を失わないようにヘッジをかけなさい」ということです。
「てんでばらばらな銘柄に分散して優位性を打ち消しなさい」という意味ではありません。
「投資は余裕資金でやるべき」というのは、「生活が脅かされないように損失を限定しなさい」ということです。
「ポケットマネーでみみっちい投資をやれ」という意味ではありません。
リソースの少ない我々個人投資家が大成するためには、資産を十二分に活かさなければなりません。
そのためには、選択と集中が必要になります。
重要度の低い分野をばっさり切り捨てて、最も有望な分野にお金を集中させましょう。

もちろん、絶対に必要になるお金は残しておかなければなりません。
税金の支払いができなかったり、子供の学費が払えなかったら仕事どころではありませんから。
非常時に備えて何万円か分けておくのは否定しません。
しかしながら、いつ使うかわからないまま放置して、インフレで目減りさせるのは賢くないでしょう。
旅行や結婚、家電や車の買い替えのという名目でほったらかしなっている預金は、本当に意味があるのでしょうか?
その資金を今利殖したら、後の生活がもっと楽になるのではないでしょうか?
庶民の多くは定期収入(給与)と臨時収入を区別しますが、お金持ちがそれらを区別することはありません。
彼等にとってはお金は日常的に入るものであって、いつどんな理由で得たとしても、何の関係もないからです。
原資が給与収入だろうと、親の遺産であろうと、競馬の万馬券だろうと、そんなのはどうでもいい。
必要な額を用意して、足りなければ銀行に借りることさえある。
世界中の経営者はそうやって資金を調達し、最大限のリターンを生み出しています。
もしも貴方がお金を収入源や用途によって区別してしまっているのなら、それは見直したほうがいいかもしれません。
臨時収入がある度に浪費し、必要な時に出し惜しみしていたら、いつまで経っても資産が増えませんから。
収入をコントロールすることはできませんが、支出は全て自分で決めることができます。
自分の貴重な財産をどんな分野に投資するべきか、よく考えてみてください。

猫も資産運用をする時代になったのかな?