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権利と義務の根本的な勘違い - 貴方を幸福にするFXブログ

権利と義務の根本的な勘違い

サイクリングコースでは自転車が禁止
認めてくれないのか!? (ノ_<)

「義務も果たさず権利ばかり主張するのはけしからん!」

といった主張をたまに見かけます。
一見正しい論理に思えますが、100%間違っています
本当にひどい誤解です。

義務と権利は確かに表裏一体。
コインの裏と表のようなものです。

しかし、同一人物の中にその両方が存在するわけではありません。
権利と義務は、人と人の関係性の中にしか存在しない。

例えば、子供には義務教育を受ける権利があります。
頭の良い子でも悪い子でも、家が裕福でも貧乏でも関係なく、日本の子供は学校に通うことができます。

「義務を果たさなければ権利は与えられない」
と考える人は、子供達に何の義務を要求するのでしょうか?

教師の言うことを素直にきく良い子供でないと、小学校に通えないのでしょうか?
あるいは、将来的に子供を作って通学させるという誓約書を書かないとダメなのでしょうか?

そんなわけありませんよね。
学生は何らかの義務と引き換えに学ぶ権利を得たわけではありません。

では、義務はいったいどこにあるのでしょうか?
答えは親や教師といった大人達にあります。

子供には、教育を受ける権利がある。
大人には、教育を受けさせる義務がある。

権利と義務は、同一人物が併せ持つことはありません。
誰かの権利の分だけ他の誰かが義務を負うことで、その二つはバランスを取っています。

学長とマスコットキャラクター

日本国憲法は、自由権・参政権・社会権・受益権などの基本的人権を保証しています。
それは日本国民全員が持つ権利であり、日本政府がそれを与える義務を負います。

貴方が銀行にお金を預ければ、貴方は銀行に対して預託金の分だけ債権を獲得します。
銀行は貴方に対して、同額の債務を背負うということです。

アマゾンの通販サイトで注文をしたら、貴方は商品を受け取る権利を得ます。
もちろんアマゾンは貴方のお宅に商品を発送する義務を負います。

このように、義務と権利は必ず同時に発生し、それぞれ契約相手に帰属します。
権利を持っている人に義務は存在しないのだから、「権利があるなら義務を果たせ!」と叫ぶのはナンセンスです。

では、なぜそのような誤った論理が正しいと思い込んでしまうのでしょうか?
それは契約の条件と義務を混同しているからだと思われます。

銀行には預金に対して返金する義務がありますが、残高ゼロであれば返金することはありません。
アマゾンには顧客に商品を発送する義務がありますが、支払いを済ませていなければ送りません。

お金を払っていないのに商品を持っていけば、ただの泥棒。
けれど、それはただ売買が成立していないだけの話であって、権利の話とは全く関係ありません。

「権利の前に義務を果たさなければならない」
というのは、取引の対価を義務と間違えているわけですね。

日本と国民、親と子供の社会契約は多少強引ながらも生まれた時点で成立しています。
そこには日本国民である以外、何の前提条件も含まれていません。

だから、「勤労の義務を果たしていないなら投票権を取り上げろ!」なんて主張はあり得ない。
それは人権の意味を取り違えた横暴です。

権力を笠に着て目下の者に威張り散らす卑怯

権利とは、人間関係があって初めて成り立つもの。
もしもロビンソン・クルーソーが無人島で暮らしていれば、そこには権利も義務もありはしない。
保証してくれる人も、保証する人もいないのだから。

多くのブラック企業は、サービス残業をさせたり有給を取らせないことで社員の権利を侵害します。
政府は重税を課したり、国民の権利を制限する法案を作ることがあります。
権利と義務は綱引きの関係になっているので、相手の権利・義務をコントロールすることで自身の権益を拡大しているわけですね。

最近は何かと「女性の権利」や「LGBTの権利」、「知的財産権」の保護が叫ばれていますが、それが必ずしも良いことかと言えばそうでもないとエセ賢者は思います。
西野カナの名曲『トリセツ』で永久保証と聞くと、正直気分が悪くなります。

特許や著作権を設定すれば誰かが使えなくなるように、誰かが権利を拡大しようとすれば必ず別の誰かが割を食うことになります。
当然少数弱者の権利は守られるべきですが、そのために過度な保護政策を行うと、社会全体が大きなコストを背負うことになります。

「義務を果たさなければ権利を主張してはいけない」のではなくて、「無暗に権利を拡大すると他の人に負担をかけることになる」ということを知ってほしいのです。

地球上の全ての人には、幸せに生きる権利があります。
そのためには、他人に配慮を求めなければならないこともあるでしょう。

しかし、貴方の幸福な生活を守るために、人々が常に協力してくれていることを忘れてはいけません。

一方的に支える

⇒存在しているのは許されている証拠
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No title

>しかし、貴方の幸福な生活を守るために、人々が常に協力してくれていることを忘れてはいけません。

昨今のなんちゃって弱者様による、他者への容赦ない要求は留まる所が有りません。

その負担の大きさはもはや社会を維持する限界に達しようとしていますが、弱者マウンティング合戦の今のご時世で、当たり前の正論は怖くて誰も口に出来ません。

2018-12-01 23:21 | from 山中 一人

Re: No title

> >しかし、貴方の幸福な生活を守るために、人々が常に協力してくれていることを忘れてはいけません。
>
> 昨今のなんちゃって弱者様による、他者への容赦ない要求は留まる所が有りません。
>
> その負担の大きさはもはや社会を維持する限界に達しようとしていますが、弱者マウンティング合戦の今のご時世で、当たり前の正論は怖くて誰も口に出来ません。

なんちゃって弱者は弱者ではなく、自分の長所を最大限に利用している強者です。
大衆が見抜く眼を持たないと、彼等に社会が食いつぶされてしまうかもしれません。

2018-12-01 23:48 | from 幸福賢者

なんちゃって弱者とは、どういう人々を指しているのでしょう?コメント欄を読んで感じた素朴な疑問です。

2018-12-02 18:49 | from けら

Re: タイトルなし

> なんちゃって弱者とは、どういう人々を指しているのでしょう?コメント欄を読んで感じた素朴な疑問です。

社会的に弱者とされる特徴を上手く利用して福祉や庇護を受けているが、トータルで見ると十分恵まれている人ですね。
例えば生活保護の不正受給者、極端なフェミスト、資産のある高齢者など。
あるいは自分の能力のなさを理由に責任から逃れている人も含まれますか。

未成年、高齢者、女性、外国人、障害者といった点は確かに弱者と見られる要素ではありますが、
人間に含まれる無数の要素の一つでしかないのも確かです。
ホームレス男性、薄給男性、コミュ症男性、ニート男性のように、それに当てはまらない弱者もいますし。
他の点で恵まれているのに特定の短所を理由に自分からハンデを要求するのなら、
その人は極めて狡猾だと思います。

2018-12-02 19:31 | from 幸福賢者

No title

 うちの奥さんは,近所のなんちゃって弱者(実は強者)が,ずるいので自分も真似をしたいといっています.
 なんちゃって弱者は本当の弱者への福祉をとることになり,それは良くないと思うのは,お互いわかっているのですが・・.
 対抗してこちらもなんちゃって弱者になるのと,われ関せずで,見かけ強者(実はあまり強くない)で高楊枝をくわえるのでは,後者の方が良いですよね?

2018-12-03 13:54 | from 900

Re: No title

>  うちの奥さんは,近所のなんちゃって弱者(実は強者)が,ずるいので自分も真似をしたいといっています.
>  なんちゃって弱者は本当の弱者への福祉をとることになり,それは良くないと思うのは,お互いわかっているのですが・・.
>  対抗してこちらもなんちゃって弱者になるのと,われ関せずで,見かけ強者(実はあまり強くない)で高楊枝をくわえるのでは,後者の方が良いですよね?

良いも悪いもありません。
全ての動物は自分にとって最適な生存戦略を取るだけです。

弱者のふりをすれば、庇護を得られる代わりに梯子を外されるリスクを負います。
他人に頼らず生きれば、今は大変でも成長する機会が得られます。
どちらが生存戦略として正しいかはわかりませんが、私は後者が好きですね。

2018-12-03 14:17 | from 幸福賢者

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