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信用と信頼の違い - 貴方を幸福にするFXブログ

信用と信頼の違い

男は裏切るけど筋肉は裏切らない
信じられるのは筋肉だけ!? ( ノД`)

エセトレーダーのような投機家は株やFXで信用取引をしますが、それは信用取引であって信頼取引ではありません。
同じ信じる行為であっても、信用と信頼はどうやら違う概念のようです。

<信用取引とは>
現金や株式を担保として株や外貨、商品先物などを取引すること。
レバレッジをかけることで、預けた担保の評価額以上の取引をすることができる。
評価損で保証金維持率が一定値を割り込むと、追証が発生する。

信用取引は名前の通り、個人の信用を前提とする取引です。
信用口座を開設する際には、現物口座より厳しい審査があります。
信用買い又は信用売りをする際には、その代金のうち一定割合の証拠金を預け入れなければなりません。

その投資家に取引を行うだけの信用力がなければ、そもそも相手にされないわけですね。

先物取引に限らずビジネスにおいては、「契約内容と相手の信用力が合致しているか」が判断の材料になります。

従業員を募集している企業は、応募者の履歴書を見て雇い入れるかを決めます。
物やサービスを発注する際は、取引先の情報を集めて判断を下します。

<投資家の信用力>
・年齢
・投資経験
・勤め先
・年収
・余裕資金
・クレジットヒストリー
・住所
・反社会勢力でないこと


<会社の信用力>
・東証一部などの上場先、非上場
・会社規模
・資本金
・代表者の経歴
・財務状況
・株価
・ホームページ
・クチコミ


誰も危ない相手と商談をしたいとは思いません。
ヤフオクやメルカリで、低評価の付いた相手には入札しません。
十分な下調べの上で取引して大丈夫と判断する時、貴方は相手を信用しています。

でも、それは信用であって信頼ではありません。
「相手の信用力をもって妥当な結果を期待する」時、貴方は相手を信頼してはいないのです。

信頼とは、「相手の全体を許容して信じること」です。
例えば子供にとっての親、宗教家にとっての神、猫賢者にとってのネコは信頼の対象です。

猫を信じる

会社は貴方を信用して仕事を任せるけれど、それは「この人のレベルならこの業務はきちんとこなすだろう」と見込んでいるだけに過ぎません。
投資家と証券会社の関係も同じく約款に基づいて公正に取引を行うだけの協定であって、互いが互いのために最善を尽くしてくれるとは思っていません。
信用とは限定的でドライな関係なのです。

しかし、家族や親友の関係は信用だけでは上手くいきません。
様々な側面を持つ人間に対して、「金があるから」や「学歴が高いから」といった一部の信用を元に一生を共に過ごすのは不可能だからです。

いくら恋人相手でも、衣食住、交友関係、経歴などありとあらゆる面において相手を調べ尽くし、裏切らないと確約するのは無理。
血のつながった相手であっても、すべてを知っているわけではありません。
だから私達は理屈を抜きにしても、共に生きる仲間として総合的に信じるしかないのです。

経済的な事情や人格を考慮することもあるし、そうでないこともある。
全ての要素に対して、信じるに足る証拠があるとは限らない。

それでいて相手をトータルで信じ、将来も良い関係を続けると期待すること
それが信頼です。

変わらない親子愛

信用はできるけれど、信頼はできない相手はいます。
逆に信用はできないけれど、なぜか信頼してしまう相手もいます。

信用は限定的で、信頼は包括的。
信用は過去志向で、信頼は未来志向。
信用は論理的で、信頼は時に感情的。
信用するのは臆病でもできるけれど、信頼するのには勇気が要るかもしれない。

同じ信じるという行為でも、その意味は全然違うのです。

人類はこの二つを上手く使い分けることによって共同体を維持し、社会を成り立たせてきました。
関係によって相応しい信任の仕方があり、選択を誤ると大変なことになります。

単なる取引相手に過度な信頼を寄せれば、余計なリスクを取ることになるでしょう。
婚活で相手の条件ばかりを気にして自分から信頼しようとしない人は、きっと上手くいかないでしょう。

家族、友人、同僚、上司、取引先、SNSの知人、かかりつけの医師、購読している本の著者、投票した政治家・・・

貴方が他人に向けるそれは信用信頼のどちらでしょうか?
あるいは貴方が他人から向けられているそれは、いったいどちらなのでしょうか?

腕を組む仲間達

⇒クレジットヒストリー ローンや口座開設が断られる理由
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信用の用は用いる、つまり利用する為です。
信頼の頼は頼る為です。
自分は、他人に頼られない代わりに、他人に頼りもしない生き方をしたいものです。

2018-12-11 17:54 | from 山中 一人

Re: タイトルなし

> 信用の用は用いる、つまり利用する為です。
> 信頼の頼は頼る為です。
> 自分は、他人に頼られない代わりに、他人に頼りもしない生き方をしたいものです。

他人を利用し、他人に利用される。
それが人間社会です。

独りでは稲を育てることも、水をくむことも、火を起こすことすらおぼつかない。
そんな私達に人に頼らない生活などできるのでしょうか?
依存すべき点は徹底的に依存しつつ、自分が貢献できる場所を探すのが人間の処世術だと思います。

2018-12-11 19:03 | from 幸福賢者

信頼するということをよく分かっていませんでした。どちらかというと「頼る」に近い感覚を持っていました。
人に頼る人生でしたが、相手を信頼するというのは自分の意思ですから、とても難しいです。
信用してるとか、信頼してるとか安易に口にしていましたが、裏切られたくないために口にしていたのだと思います。
信頼とはまったく別のものなんですね。

2018-12-11 20:40 | from けら

Re: タイトルなし

> 信頼するということをよく分かっていませんでした。どちらかというと「頼る」に近い感覚を持っていました。
> 人に頼る人生でしたが、相手を信頼するというのは自分の意思ですから、とても難しいです。
> 信用してるとか、信頼してるとか安易に口にしていましたが、裏切られたくないために口にしていたのだと思います。
> 信頼とはまったく別のものなんですね。

本当の信頼とは「裏切られることも許容する」ことなんじゃないかと思っています。
人は損得勘定で動くのだから、裏切る方が得なら裏切るのは当たり前。
それでもずっと疑い続けるわけにはいかないから、後ろを任せる人を選ぶ。
最悪後ろから刺されてもいいぐらいの気持ちでないと、人を信じることなんてできない。

2018-12-11 22:21 | from 幸福賢者

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