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大西つねきの「命の選別」はなぜ間違っているか - 貴方を幸福にするFXブログ

大西つねきの「命の選別」はなぜ間違っているか

ウイルスより大きな悪影響を与える安倍総理
お前の方が有害だ! (ノ_<)

「命、選別しないとダメだと思いますよ。はっきり言いますけど。
なんでかっていうと、その選択が政治なんですよ」

「高齢の方から逝ってもらうしかないです」


れいわ新選組の公認候補だった大西つねき氏が、Youtubeチャンネルで命の選別について発言したことが話題になっています。
世間では弱者の切り捨てと騒がれ、山本太郎代表「除籍」を提案するとしています。

しかし、エセ賢者はこの件については批判する側の認識が根本的に間違っていると感じます。

まず前提がおかしい。

生物は誰かに生かしてもらうものではありません。
自分の意思に基づいて生きるものです。

「社会保障制度によって高齢者が生かされている」
という考え自体が間違い。
過保護を打ち切って自立させることは、命の選別ではありません。

自力で生きるハト自己責任

全ての動物は自らの意思で食って生きる。
そして寿命が来たら死ぬ。
自然の摂理を捻じ曲げることは許されません。

そう考えると、現在の日本の医療が狂っていることがわかります。
典型的なのは胃ろうでしょう。

「胃ろう」とは、胃に穴を開けて強制的に食物を流し込む医療措置です。
身体機能の低下で口から食事をすることが困難になった人に行われます。

事故などで一時的に口が使えなくなった者に行われるのであればよいのですが、実際は回復の見込みもなく意識すらはっきりしない高齢者が対象になります。
おそらく相模原障害者施設殺傷事件で植松が殺害した障碍者にも行われていたでしょう。

その場合、患者の意向は完全に無視されています。
医者や親族が世間体を保つために、あるいは年金の受給資格や財産の名義を守るために延命させられているだけです。

どんな動物でも同じことですが、食べるのを止めたのは死を選択したということ。
それを無視して腹から飯を詰め込むのは、虐待と同じではないでしょうか?

自然に逆らって延命した挙句、しかもその費用は他人任せ。
労働者は強制的に収入を奪われ、老人の虐待に加担させられる。
若者の貧困化により少子化が進み、日本全体が沈んでいく。

こんな社会は明らかにおかしい。

若者を轢き殺す老人

勘違いしてほしくないのは、「老人を殺せ」でも「助けてはいけない」でもないということ。
むしろ可能な限り助け合っていくべきです。

ただし、そのためには双方の合意がなくてはなりません。

かつてエセ賢者は道端で倒れていた高齢者を助け起こしたことがありますが、仮に仕事に遅刻するとしても放っておくべきだったとは思いません。
なぜなら彼は自分の足で歩き、目的地に向かっていたからです。

遅刻の理由は婆を助けた

自分の力で可能な限り生き、それでも必要だと判断したら他人の力を借りること。
求められた者が自身の余裕を鑑みてそれに応じること。

これが本当の善行です。
救助を求めていない人に善意を押し付けるのは、ただのおせっかい。

現在の年金や健康保険は強制加入であり、各人の意思が完全に無視されています。
年齢だけで徴収と給付が決められ、貧しい若者から富める高齢者に所得が移転させられています。
泥棒が盗んで、要らない人に押し付けて回っているようなものです。

年金の払い損

仮に貧しい人々に施すとしても、強制的に行われる募金は善行ではありません。
労働者は政府に奪われたことを恨み、高齢者は金をくれる政府に服従するだけです。

本当に善意を育てたいのなら、強制加入制度を廃止して自発的に助け合う世の中を作らなければなりません。

人間は自らの意思で生き、死に時を選ぶものです。
決して他人に生かされるものではありません。
本当に守るべきは当人の意思であり、ベッドに縛り付けて腹にチューブを差し込み、ただ寿命を延ばせばいいというものではありません。

もしも権力者の機嫌を取らなければ生きていけないのなら、既に「命の選別」は行われています。
過労死する若者も年々減り続ける新生児も、政府の選別による犠牲者と言えるでしょう。

命の選別を否定するなら、まず政府から生殺与奪の権利を取り上げることです。
国民の意思を無視して偽善を強制する社会保障制度は、廃止しなければなりません。

反緊縮(財政リフレ派)はデフレや新自由主義が日本衰退の原因だと騙っていますが、実際に経済を衰退させているのは社会保障制度です。
国民の自助努力を否定し、労働者の貧困と少子化を招く社会主義ほど有害なものはありません。

個人が育たなければ国家も育ちません。
社会主義を止めて各人の自立を促さなければ、日本の復活は決してないでしょう。

⇒エセリベラルに汚染された日本 本当のリベラリズムとは何か?

少子高齢化社会の老害

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日本人は政府の権力や制度で人を死なせるのと市場原理で治療を受けられなくて死ぬのをごっちゃにしているからな

2020-07-15 13:57 | from 名無し

Re: タイトルなし

そうですね。
偶然や当人の選択で亡くなるのと制度で死なせるのは全く違います。
自然に起こることは誰の責任でもないし、防ぎきれるものではありません。
自然災害や交通事故まで政府に責任を押し付ける国民も問題だと思います。

2020-07-15 15:26 | from 幸福賢者

No title

すごくわかりやすいお話なのですが、1点疑問があります。

>求められた者が自身の余裕を鑑みてそれに応じること。
余裕があっても応じない人が大勢いると思います。
助けを求める人が多すぎて十分に助けがいきわたらない場合、どうしたらいいでしょう?

2020-08-04 14:50 | from 名無しもほどほどに

Re: No title

簡単なことですよ。
あなたが助ければいい。

助けを求める者は、より協力を得やすくなるように友好関係を築き、見返りを用意しなきゃいけない。
助ようと望む者は、より多くの人を助けられるように能力を磨き、富を蓄えなければいけない。
双方ができることをするしかありません。

どんな人にも助けない権利があります。
どんな聖人も無限に人を助けることはできません。
私達にできるのは、自分の善意と能力の範囲で可能なことをすることだけです。

2020-08-04 22:22 | from 幸福賢者

No title

>あなたが助ければいい。
おっしゃる意図が良く理解できません。

その「あなたが」は「幸福賢者さんが」でもいいし、「私たちが」や「日本人が」「世界中の人が」にも置き換えできるんじゃありませんか?

2020-08-06 12:30 | from 名無しもほどほどに | Edit

Re: No title

その通りですよ。
あなたでもいいし、私でもいいし、他の誰でもいい。
だから世界中にはたくさんの教会やNGOがあるわけです。

彼らは「他人がやればいい」ではなく、自分で行動を起こした人たちです。
本当にそれが必要だと思うなら考えて終わりにするのではなく、自分が正しいと思えることを実行することです。
能力があるからやるのではなく、やりたいからやるのです。

2020-08-06 15:36 | from 幸福賢者

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